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日本唯一、親子三代探偵・行政書士キシワダの調査事件簿~アウトレイジな親父その2~

   

日本唯一、親子三代探偵 キシワダの調査事件簿

皆様、ごきげんよう。

日本唯一、親子三代探偵・行政書士キシワダです。

今日は私が、探偵となるきっかけを作った

師匠でもある、我が親父について綴りたいと思います。

今回は第2回。私が中学時代の頃の出来事です。

中学時代は背伸びをしたい頃。時代もビーバップハイスクールが

人気の時代でしたので、不良というのにある種憧れが有りました。

と、いっても、自宅に帰れば、アウトレイジな親父が居ますので

外見は変わらずに、友達と放課後に隠れて、紫煙を上げる事も

私が中学2年の頃です。当時、学生服の内ポケットに缶のたばこケースを

入れて持ち歩く事が、田舎の中学生のトレンドでした。

まだ、たばこが1箱220円の頃です。参考書代と言って、金を親から無心して

友達と吸っていました。 ある日授業を抜け出して友人とトイレに隠れて

吸っていた時、「誰か!」との声。学校の生徒指導の体育教師でした。

その頃は教師が生徒を殴るなんてのは当たり前の時代。

便所の扉内に籠城していましたが、ジャンプされ「ちょっと指導室に来い!」

止む無く籠城を解き、応援に来た先生に引っ張られ、指導室へ。

畳敷きの教師の休憩室でしょう。生徒指導の体育教師・教頭・応援の教師に

取り囲まれました。

細い竹の棒で頭を叩かれ、教頭が「親御さんに連絡したからな!」

内心は母が来てほしい。母であってほしい。

その思いは、見事に打ち砕かれ、扉の向こうには、親父。。

入って来るや否や、私の学生服の胸ぐらをむんずと掴み、右手が私の顔面に。

数発殴られ、口内が血で染まり、隙を見て私は距離を取りました。

そこに親父からの第2弾攻撃。扉の横に自宅から持参した竹刀で私を滅多打ち。

そこにいた、友人や教師が呆気にとられています。

教頭が、お父さん、もうやめてあげてください!。と親父を制止しますが、

まだ怒りは

おさまらないようでした。

「先生、うちのバカ息子がご迷惑をお掛けして申し訳ありません。この落とし前

は私が必ずつけて、真っ当にさせますけん、今日は家に連れて帰って指導させて

もらいます」

「皆さんに迷惑かけて、謝らんか!この馬鹿たれ!」父に後ろから

蹴られながら、帰宅と相成りました。

我が家のルールは、連帯責任です。私が悪い事をしても、兄弟皆が正座して説教

弟が、問題を起こしても同じく正座して説教。

もっと理不尽なのは、外で飲み屋から帰宅しても

何か虫の居所が悪かった時も深夜に兄弟全員がたたき起こされ、

「解散!」の号令迄一緒に付き合わなければならない事です。

男兄弟4人ですが、誰一人として、道を踏み外す事はありませんでした。

話をもとに。

帰宅してから、私の前には夕食がありませんでした。代わりにたばこと灰皿が。

「オイ!お前はまだ学生やぞ。たばこなんぞあと数年もたてば大っぴらに吸える

様になる。隠れてコソコソ吸うんやったら俺の前で吸え。

その代わりに俺も一緒に吸っちゃる。

心臓が悪いのにたばこを吸うっちゅう事はわかるんか?。

自殺行為と一緒やぞ。」親父はたばこに火をつけ、大きく吸い込みました。

「お前が俺を殺すようなもんやからな。俺が死んだらお前が苦労するだけやぞ」

そう言われると、たばこを吸うスリル感も減り、どうでもいい。

それより親父が死んだら、あの時にお前が・・と皆から攻められそうな雰囲気が

それ以来、たばこを吸うのをやめました。

学年の間で、あいつの親父、ヤ〇ザ顔負けやぞ。という風評が流れ、

そういった場に誘われることも無くなりました。

ただ、

酒に関しては、寛容でした。もう時効かな?・・。

気分がよくなれば、オイ、呑むか?と言われ。

毎日500mlの缶ビールを最低6本飲んでた親父でしたので、夏場は

「呑んだら外出するなよ」と前置きの上で、コップ1杯を

注いでくれておりました。

仕事が終わって、帰って晩酌。毎日日付が変わる迄、親父は晩酌タイム。

眠たい時は勉強するから。と言って自分の部屋に戻り、

布団の中に潜り込みました。

とある日、

いつものように、ちょっと勉強するから。といって自分の部屋に逃げ込み

ました。

暫くして、親父と母が言い争う声が。母が「集合」だって・・。と

も~勘弁してくれよ・・。と内心で思いながら弟たちは親父の元へ

私は反抗期だったからでしょうか。無視して布団の中に。

「コラぁ~!集合言ったやんか!」私が寝ていた布団に、水を放ちました。

うわっ!冷た!。そう言って飛び起きた私に、竹刀攻撃。

パジャマを引っ張られ、居間に向かうと弟たちの白い眼が

「兄ちゃんが早く来ないから寝れないやない。」「お父さんのいう事聞いてよ」

訳の分からないまま、説教。兄弟全員で「ごめんなさい」暫くして、

親父がやっと「解散!」

弟たちは布団に入り、親父も寝床に行きましたが、

私の布団は水でビチョビチョ。

そのまま一睡もせず、学校に行った事もありました。

我が家の中で、一番悪かったのは、紛れもない親父でしょう。

半端なく鉄拳制裁を受けて育ったので、兄弟誰一人、グレることなく育った。

それだけがよかった事でしょうか。

次回もまだまだアウトレイジな親父シリーズ、続きます。

それでは皆様、今日も良い一日を!

日本唯一、親子三代探偵・行政書士 キシワダ

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